さよなら朝青龍

品格を問われて朝青龍は遂に辞めてしまいました。

考えてみればまだ29歳。

モンゴルの人が異国の地の文化に触れるにはもう少し時間が必要だったのでしょうか。

私は白鵬の涙の方がとても印象的でした。

素人を酔っぱらって殴ってしまっていたとしたら許されるべき事ではありませんが、何だか様々な大人に振り回されてしまったかのような気もしないでもなく、非常に残念です。

さあ、ここからの相撲界は大変です。

いくら貴乃花が理事になっても現役力士が頑張らないことには、ちょっとやそっとじゃ客離れは止められないのではないでしょうか。

少なくとも私は興味が半減しています。

何だかんだ言ってもああいう人がいないと、好きな人間も嫌いな人間も面白くない。

私の周りにいる29歳よりはよほど骨があるし、人間味もある。

勿論自分よりもずっと。

けして大ファンではないけど、純粋に相撲好きとしてはあの決まり手の多さに彼の真骨頂があったのではないかと思います。

まあ、いずれにしてももう見られません。

格闘技界は緊急の会議でも開いているのでしょうか。

また大人たちのお金儲けに振り回されなければいいのですが。  

2010年02月04日 Posted by 裏建太郎 at 20:19Comments(0)TrackBack(1)社会問題

国会始まったけど

政権交代からまだ数カ月しか経っていないというのに何なんでしょうかこの騒ぎは。

一体世の中のどれくらいの人が、実際に小沢幹事長がどのような事で疑われていると答える事が出来るのでしょう。

少なくとも私はシンプルにわかりやすく伝える事が出来ません。

秘書も逮捕されたし、4億円という数字は大きいから隠していたとしたら悪い事、そんなもんでしょうか。

正直なところ、問題があるのであればそれは双方、意地にならずにさっさと解決の道を辿ってほしい。

勿論そのつもりなのでしょうが、通常国会が開幕、予算委員会だというのに、予算はどこへやら、攻める野党とどうにかのりきろうとする与党。

もうそういうのに世間は飽きているんですけど。

世の中のどれほどの人が、小沢幹事長の件で徹底的にやってほしいと思っているのやら。

それはこの国の本題ではないのだから、しばらく小沢氏は外れて、検察と粛々と進めてもらって、取り敢えず民主党のマニュフェストや国の予算、どれだけ借金が増えて、この先どうなるかをはっきりさせてほしい。

もっと言えば、子供手当だけが魅力だから票を入れたのでそれだけでも早くしてくれ、そういう奥様方の意見も直接、たくさん耳にします。

建築関係にお勤めの方も周りには多いのですが、ダムの凍結とか、公共事業の削減についてそれもどうなるのかはっきりしさえすれば手を打つのだけど、どれだけ時間がかかるのやら、勘弁してほしいとも。

結局、与野党が毎回毎回揚げ足を取り合って、税金を使って毎度毎度政権交代で振り回されるなんて事にもなりかねないのではないでしょうか。

きっと、各党にはスキャンダルやらなにやらを徹底的に調査するのが仕事みたいな人もいるんだろう。

で、そんなニュースに隠れて、某美人過ぎる市議を担ぎ出そうとしていたり、定年制があったのにそれも特例が出来ちゃったり、野党も野党だなと。

それでいろんな人が新党作っても、もうぐちゃぐちゃになってしまうのだろうし。

それでも今回の政権を選んだのは大部分の国民の責任な訳で。

様々な問題は山積していますが、今回のJALではないけど、この際膿を出して、一回リセットした方がいいかもしれません。

国の借金はチャラにして、年金支払保険料は一回全額返して白紙にして、出先機関は全てなくして、工事は全て止めてみたいな。

まあ、絶対無理でしょうけど、個人の家計においてはみんな必死に見直しをしてやりくりして、中には仕事や家など大きな決断をしている人だって少なくありません。

それなら国もここは一つ思い切った挑戦をしてくれても、案外国民はついてくるのではと思うのですが。

いずれにしても、我々の生活に直結するとは思われない問題で、大の大人が野次を飛び交わせているような国会中継はあまり見たくありません。

建設的なやり取りで、どうかスピーディーに前に進む事を祈ります。  

2010年01月21日 Posted by 裏建太郎 at 22:43Comments(0)TrackBack(0)社会問題

太陽光発電をつけると聞いて

久々に連絡をとった知り合いが太陽光発電を買う事になったからお金がなくなったとぼやいていました。

でも買い取り価格が倍になって、10年も経たないうちに元がとれるから下手な金融商品に手を出すよりよほど得だと言っていました。

その方は現金で購入予定らしいので、新築と同時に長期間のローンを組んで、太陽光の分何100万円も借り入れをし利息や保証料を払う購入者に比べたら、確かにお得なのは見えやすいと思います。

何しろ、250万円の太陽光発電を35年ローンで上乗せして借りた場合、利息合計と余計にかかる保証料まで含めて、償却期間が何年かなんて説明してくれる人は売り手側にはまずいないと思います。

もしここに、この際だから暖房も全館でなんて事になって100万以上するものを入れて、太陽光と合わせて400万円位かかったとしたら、利息と保証料を含めたら600万円以上はトータルで返す事になりそうなものです。

中電の割引幅も増えるとは言え、ここまでオール電化で便利になると電気代も15,000円から20,000円位はいくでしょうか。

全額売電出来るだけの設置環境と発電能力があったとして、年間約20万円の電気代がタダになったら凄く嬉しいけど、初期投資の600万円で考えると、元を取るのには30年。

30年後はどうなっているんだろうか。

というのは私が数字の上だけで考えた実に勝手なものですが、よほど地球温暖化を憂いでいるという人は別として、目先の電気代だけを考えるなら一度足を止めてみても・・・とは思います。

件の知り合いはタバコを結構吸う人なので、辞めれば電気代の1万円位は月に浮かせられると思いましたが、それを言うと怒られそうだから黙っていました。

光熱費というのは出来る事なら固定費の中では削れるものなら削りたいと思う部分ではあるかもしれませんが、日々生活する中で自分の事でも、周りを見ても感じるのは、そこまで徹底して生活はしていないという事です。

例えば少し前までは固定費に携帯なんてなかったのに、今は学生、専業主婦まで全てが持っているとなると、一家で毎月2万円位は10年前なら出ていかなかったお金が出ていっています。

10年前から比較して、手取り月収が2万円確実に増えている人は少ないでしょう。

でも冷静に考えるとどうしても携帯という局面って案外少なく、何割かは利用料金を削られるかもしれません。

少し話が飛躍してしまいましたが、世の中エコブームはいいけど、どうしてもその裏側を見てしまうようなところがある私としては、住宅までエコポイントの予算計上なんて報道が流れただけで、少しうすら恐ろしくさえ思えてなりません。

考えすぎでしょうか。

やはりここは原点に返り、質素にシンプルに暮らす事が一番の節約であり、エコの様な気がしています。  

2009年11月29日 Posted by 裏建太郎 at 23:43Comments(0)TrackBack(0)社会問題

世の中の動き

デフレだそうです。

そして円高が止まりません。

せっかく総理大臣になったのにお金の問題で雲行きが怪しくなっている人もいます。

何件かのお宅のお邪魔していると、そうは言ってもそんなに騒ぐほど困ってないよという人が比較的多いのですが、それでもそれは今現在の話であって我々の世代が自分たちの親の年齢になっている頃には一体どうなっているかなんて想像がつきません。

私の親は比較的というより、かなり質素に暮らし続けています。

一体何が楽しみなんだろうと不思議に思うほど。

でも質素ですがそれなりに工夫を凝らして生きているように見えます。

農業然り、地域住民との繋がり然り、兄弟姉妹との繋がり然り。

自分と姉がここまで来るのに親に使わせたお金を考えると、確かに今現在そのような生き方をしなければ、老後働かずに貯蓄と年金だけで同居もせずに生きていく事は困難であると思います。

さて、自分に置き換えてみてどうでしょうか。

貯蓄をするといっても親の世代のように郵便局にまとまったお金を預ければ10年足らずで倍になったような時代はもう永遠に来る事はないでしょう。

今はデフレでも長い目で見て緩やかに物価が上がれば、殆ど利息の付かない銀行にお金を預けてもむしろ目減りしている事になってしまうかのようです。

では稼ぎだすお金はどうでしょうか。

程ほどの努力で旦那さんだけのお給料だけで家も車も教育も老後も全てまかなうというのは限界にきていると思います。

今日も経営者に会いましたが、どうやってうまく人件費や固定費を削るか、そんな話ばかりでした。

JALの年金問題はまだいい方で、企業年金どころか国の老齢年金すら怪しくなると思っている私よりずっと若い世代も多いと聞きます。

何年も先の事はわからないとはいえ、まだモノのない時代から、給料が上がり、預金金利が上がり、退職金も年金もしっかり出て、家のローンも終わらせて逃げ切ったご先輩方は、きっと平均余命を十分に伸ばして生き続けてくれる事でしょう。

第二次ベビーブーム、団塊ジュニアの僕らは果たしてこの先どうやって身を守るのか。

個人的にはだからこそ面白い時代がやってきたと、余りネガティブに考えてはいませんが、ここ数日の経済状況を見て一喜一憂するのではなく、少し立ち止まって自分の足元を見つめなおそうと思い、ついつい住宅ローンの返済予定表を眺めてしまうのでした・・・・・・・。  

2009年11月26日 Posted by 裏建太郎 at 22:42Comments(0)TrackBack(0)社会問題

橋下知事の怒り

橋下知事が随分のお怒りらしいです。

理由は、自分が府職員に発信したメールに対するある職員からの返事に対して。

上司に対してなんだその態度は?という事なんだそうです。

ネットでは両者に対し様々な意見が飛び交っていました。

そもそも私は府の職員にとっての上司、社長の立場が知事になるというイメージというか認識があまりなかったので『そんなに怒らなくても・・・』と思っていましたが、確かに知事を選んだのは府民であり、その職員さんの意見がどうであれ、今は組織のトップにいるという意味では上司というのは間違いないところ。

でもあまりその人にとってはその感覚はなかったのでしょう。

橋下知事も、国に対してぼったくりバーとか言えてしまうお方なので、今回もまたそこまで言っても伝わらない人には伝わらないだろうに、あくまでもストレートに怒りを言葉に表現してしまうから、少し騒ぎになっている模様。

私は民間で2社しか仕事の経験がありませんが、果たして民間と公務員さんとではそんなに違うものなんでしょうか。

実を言うと私も公務員の試験を後にも先にも一度だけ受けた事があります。

学生時代の4年間全く勉強もせず、卒業後にやりたいことも特になく、論文も書かずに時間と体力だけは持て余していた頃、親父の勧めで消防士の試験を受けました。

体力テストになればどうにかなると思いましたが、そこに行く前の試験であえなく撃沈。

当たり前です。

全く試験や勉強というものから遠ざかっていた人間が、今更記憶力や計算力を試されたって出来る訳がない。

結局、試験の途中でこんな安直な気持ちで公務に就く仕事を目指すというならば、それは大変失礼だと真面目に思い、殆ど白紙に近い状態で帰路に着きました。

今思えば、何も考えずによくもまあそんな道に行こうとしたものです。

本当に何かの間違いで私みたいなのがそうならなくてよかったと思います。

そして民間企業で生々しい現実にぶち当たり、いい経験をさせてもらった結果、今の自分があると思います。

私はそんなに公務員さんが高い給料もらい過ぎだとか、世間で皆が僻むような感覚はあんまりありません。

責任も重いし、そもそも悪い印象を持つ市民も多い中で同じように接しなければいけない仕事というのはしんどいなあと思います。

教師になった友人や、市役所、消防署で働く知り合いもいますが、そんなに楽そうにも見えません。

むしろ私はいつもお気楽に見られます。

(内情は白髪も増えてお気楽どころではないんですが・・・。)

民間でも誰も見てなければいくらでも抜くところは抜いているというのは沢山見てきたし、上司に対してモノ申す、というのも結構見てきました。

私だけが特殊な環境にいたのでしょうか。

だからまあどっちもどっちじゃないかなと。

こんなのん気な意見だから変わらないというのもあるのでしょうか。

でも同じ市民として同じ場で生活し、そのお給料からも地元で消費活動は生み出されている訳で・・・。

いずれにしても、深く考えれば考えるほど根は深い問題なのかもしれません。

今回、叩かれているであろう職員さんの本音ってどうなのか、少し気になります。





  

2009年10月10日 Posted by 裏建太郎 at 22:46Comments(2)TrackBack(0)社会問題

オリンピック招致について

オリンピック招致は残念ながら東京には決まりませんでした。

個人的には生きているうちに国内で夏季オリンピックを見てみたいという希望がありましたが、もし2016年に来る事になっても、自分の息子は10歳なので出場する地元選手の親にはなれなかったので、内心、今回でなくてホッとしました。

南米、リオに決まったのはうちの息子と同じ名前なので是非見に行きたいと強く思っています。

さて、正直なところ、今回の落選は特別びっくりするという訳でもありませんでした。

15歳の少女をスピーチに使ったとか、その斬新なアイデアは評価され、『プレゼンは一番だった』と都知事も自画自賛していました。

でも所詮はプレゼンです。

私は、自分の仕事と照らし合わせ、改めて小手先のプレゼンで勝負する事の儚さを痛感しました。

何故今、東京で開催するのかという理由づけ、国民の関心度、認知度、盛り上がりなど、どれをとっても南米大陸初の開催となるブラジル、リオデジャネイロに勝るところはなかったのかもしれません。

タイミング的に政権交代があったのも悪すぎました。

我々一般庶民でさえ、民主か自民かと言っている時に、『東京にオリンピック決まるかな』なんて話題は、私の周りで聞いたことはありません。

その開催の爪痕から、未だに色々な意見のある長野オリンピックの時でさえ、今回の東京よりは国も県も盛り上がっていた気がします。

もっとも、長野オリンピックが決まった時代は、バブルという事もあり、世界の中での日本の立ち位置が今とは比べ物にならなかったという面は否めないとは思いますが。

いずれにしても、『今回のメンバーで戦えた事が素晴らしい』なんて自己満足しているレベルでは国を挙げて呼び込むその他の国には勝てません。

ブラジルは今や人口も日本を超えたのでしょうか。

豊富な資源もあり、そこにオリンピックが来るとなると、ますます置いてかれそうな我が国です。

ここは一つ、次回も招致にどこかの県で挑戦し、諦めることなく地元開催を願ってはどうでしょうか。

でもあのミニチュアの都市の模型やら何やら、いくらかかったんだと思われる費用も、恐らく都民の血税なのでしょうが、負けは負けでどう理由づけするのやら。

もっと言うと、果たしてこれからの21世紀もこのオリンピックを世界のどこかで開催するという恒例行事をこのまま続けていくべきなのか。

まだまだ考えるべき事はありそうです。  

2009年10月03日 Posted by 裏建太郎 at 19:58Comments(0)TrackBack(0)社会問題

ゴミの分別

昨夜は少々お酒を口にしてしまい、限りなく今日帰って数時間寝るとすぐに起こされました。

そうです、今日は月に一度の資源物回収日の当番の日でした。

あいにくのどしゃ降り。

しかも凄く寒い。

そんな中、朝の6時から誰が資源物を分別して捨てに来るんだろうと思いきや、何と秩序の行き届いた町なのでしょう。

皆、ご夫婦できっちりと捨てに来られます。

とは言え、天気も悪いのでいつもの月に比べ人は少なく、一人で一時間以上立ちっぱなしは二日酔いの人間には拷問に近いものでした。

することがなく、目の前は分別された資源物との睨めっこという環境ではいやでも考える事はそれだけになります。

少し前に来たおじさんは言いました。

『廃プラってあんなに丁寧に分けたって、結局一緒に燃やしちゃうだけなんだけどね・・・。』

そう言えばそうだった。

以前長野市に住んでいる頃は廃プラと燃えるゴミがきっちり別々の袋でしたが、ゴミ収集車が集めに来ると一緒に放り込んでいくので愕然としました。

大町市は燃えるゴミと廃プラは同じ袋なのでわざわざ資源物回収日に分けて持っていく作業は個人的にはしていませんでした。

でもゴミ袋も安くないし、極力ゴミを減らすなら、かさばるプラスチックや紙製品は月一で別に出した方がいいのかもしれません。

その他のペットボトルやアルミ缶、食品トレイなども分けられていましたが、今は大抵どこのスーパーでも入口に出すところがあるので、それとの違いは何なんだろうと考えました。

そしてふと思ったのは、どんなに色々考えても、そこに地球環境やエコ問題といった今流行りのフレーズ、考えは、自分自身に微塵も出てこない事に気付きました。

世間で言う事は所詮奇麗事みたいな感覚で片づけてしまっている人間がここにいるのかと思うと、ちょっとヤバいのかなあとも思うけど、本音を言えば私のような感覚の人は半分くらいはいるのではないでしょうか。

プリウスに乗るのもガソリン代を浮かせたいからだし、太陽光発電をつけるのも電気代を浮かせたいから、マイ箸を持つのはちょっとかっこいいかも。

話を戻しますが、やはり月に一度とは言え、これだけの作業を何の疑問を持たずに繰り返す事は果たして賢い事なのか考えてしまいます。

常に出せる場所を作ったら、ルールを無視する人も出るかもしれません。

みんなスーパーに持って行けと言ったら、足のないお年寄りは困ります。

でも先ほどのおじさんの発言のようにどうせ一緒に燃やすというのが本当なら何故分けるのかという明確な説明義務は市民に対してあってもいいと思います。

リサイクルできるものに関して、売却できるものについてはその収益はどうなっているのでしょう。

私は細かいところに非常にせこいので、売れるものなら自力で集めて現金化したいとさえ思います。

果たして誰かゴミの分別によって金銭的に得をする人というのがいるものなのでしょうか。

個人的には、一カ月間も捨てるものをためておかなければならない、というのが駄目です。

捨てるものの保管場所に、貴重な固定資産税を納めている建物延床面積の一部を割きたくないのです。

だからついでがあればすぐに捨てます。

家庭ごみをコンビニで捨てるようなことはしませんが、スーパーで分別して出せるものは子供と一緒にすぐ行きます。

でも分別しながら、これって本当はどういう意味があるんだろうと常に考えてしまいます。

その先がどうなっているのかわかりやすく教えてもらいたいものです。

一時間も雨に打たれながら、ずっとそんな事を考えていました。  

2009年09月12日 Posted by 裏建太郎 at 23:18Comments(0)TrackBack(0)社会問題

選挙が始まりました

選挙が始まりました。

普段車の通りの少ない商店街の通りにもあの名前の付いた独特の車と、スタッフが並び手を振っていました。

とても邪魔で危ないのですが警備員は必要ないのでしょうか。

今回は政権選択が叫ばれています。

どちらかというと選挙というのは年寄りがいくもの、くらいの感覚しかなかった我々より下の世代でも今回だけは普段と違うような、そんな意識が無意識のうちに植えつけられている気がします。

政治宗教は自由であり、ここで偏った事は書けませんし、まだまだ各党の政策にしても勉強不足です。

例えば、高速道路がタダになって、子供一人当たり26,000円も貰えたら、私にとってはドンピシャです。

でも関係ない人は多いでしょう。

特にこれまで選挙の投票率に貢献してきた世代には殆ど関係ないでしょうが、これまで選挙に行かなかった世代にとっては意識せざるを得ない政策の一つではあります。

10年後、所得が100万円増えていたらこれも夢のようですが、どうやって増やすのかわかりません。

インフレが進んでいれば、100万円の価値も下がるし、何だか前の会社で目標だけ立てて怒られた事を思い出しました。

財源はあるのか、そもそも国の借金800兆円もあるのに、とも必ず言われますが、多分800兆円をまともにどうやって返すかなんて誰も答えは見出せない気もします。

ばら撒きというフレーズもかなり浸透しました。

そう言えば少し前にばら撒かれた定額給付金はどんな効果をもたらしたのでしょうか。

個人的にはゼロがもう一つか二つ多くないと実感としては何もありませんでした。

天下りについては殆どの人間がそんな世界とは関係のないところで、退職金が何千万円も何回も貰える世界を知らずに一生を終えるので、僻みもあればそんなもの無くせとは簡単に言えますが、実際国を動かしていると言われる官僚の人たちにとってはもっと噛み砕くとどういう感覚なのか知りたいです。

考え出したらキリがなくなってきました。

正直なところ、それぞれの党がそれぞれの党の批判を展開してるだけのように見える色合いが濃くなってきて、少し見ているこちらとしては冷静にならなければと思います。

営業の世界では他社の批判はご法度です。

オブラードに包んでばかりではわからないからはっきり言う事も大切ですが、自分の信念と主張さえしっかりしていれば、相手がどうとか比較は関係なく判断してくれるものだと、これまでの経験上実感しています。

だから何をやるのかそこだけをストレートに通して見たいのですが、どうしても過去や現在の批判が繰り返されると、飽き飽きしてなりません。

果たして有権者はその批判に対してその通りだとみんながみんな理解するとでも思っているのでしょうか。

35歳を迎えてやっと政治に少しは目を向けないと思うようになっただけでも、今回だけは政治家の偉い先生方に感謝しなければなりません。

残すところあと2週間となりました。

果たしてどれだけの人が投票所に足を運ぶのか。

結果も楽しみですが、投票率にも注目します。

  

2009年08月18日 Posted by 裏建太郎 at 23:23Comments(0)TrackBack(0)社会問題

薬物問題

何故、薬物は駄目なのか。

もし、率直に子供や学生に訊ねられて、きちんと納得できるように理解させる事が出来る大人はどれだけいるのでしょうか。

私の世代くらいまでは、理屈抜きで駄目なものは駄目、道にそれたらまだ大人が力ずくで元に戻してくれたので、結構おおざっぱに理解しているような気もします。

今回の一連の著名人の報道を見ても、30過ぎた大の大人が捕まっているのを見ると、青少年云々言っている場合じゃないだろ、大人の方こそしっかりしろよと言われても仕方ありません。

簡単に薬が手に入るとか、他人に迷惑をかけなければとか、一般人にはわからないストレスがあったとか、何も肯定する理由はありません。

では、法律を犯した事がいけないのか、のりPのように逃げたからいけないのか、自らの体を蝕む行為を行った事が断罪されうるべき事なのか、どれも今時の子供を納得させる理由にはならない気もします。

果たして大人は、そしてまさに高校生や大学生を持つような親はどのようにして子供とこういう話題に向き合っているのでしょうか。

うちの子だけは大丈夫?

私の経験上、どう育ったからとかに関係なく問題というのは起こるべくして起こるので、他人ごとではない気がします。

私はそういう環境にいなかった事もありますが、学生時代にたばこを吸ったとか、万引きをしたとか、いい子ぶる訳でもなく特にそういう経験はありません。

結局、スリルを味わったり、そこに若い頃のパワーがいく人はいくのでしょうが、私の場合そんな事で満たされることはなかったので興味がわきませんでした。

では、スポーツを断念した大学時代はどうかというと、様々な誘惑はありましたが、所謂、人の道にそれると思われるところの線引きはありましたし、周りの友人も格好ばっかりで、危ない橋を渡る事はありませんでした。

では、それは親の教育なのかというと、子供の頃から現在に至るまで、『薬に手を出すな』なんて事は言われた事がありません。

普通そうではないかと思いますがどうでしょうか。

言わなくてもわかる、そういうルールがあった気がします、これまでは。

でも、今回のような報道が流される度に、逆にそれを間接的に肯定してるとまでは言いませんが、どこか社会の中の一部として刷り込まされている気がしてなりません。

本来、薬物なんて、普通に生きている人間が人生の中で直面する事ではありません、今のところの日本では。

今はどこでも手に入るなんて、知ったかぶって安易に口にする人も結構いたりしますが、そういう大人がいる以上は、これからもこの問題は減ることはないでしょう。

最初の問題に戻りますが、自分が育ってきたようには、これからの子供には常識として教えられない世の中が待っているような気がしてなりません。

だからこそ、強い気持ちを持って、きちんと答えられる大人にならないといけないと真面目に考えさせられました。  

2009年08月08日 Posted by 裏建太郎 at 22:59Comments(5)TrackBack(0)社会問題

子供に携帯は必要か

石川県の小中学生は本当に携帯の所持を自粛する事になるのでしょうか。
強制力はないのなら条例なるものは特に意味はなさそうなものですが、反響を呼んでいることでそれぞれが考えるきっかけになったという意味ではある一定の効果はあったのかもしれません。

これまでも子供の携帯所持については様々な意見が交わされてきたと思います。
私はまだ子供が2才なのでピンときませんが、これから中学、高校を迎える子供を持つ親御さんにとってはどんな感覚なのでしょうか。

少なくとも持たせれば、月々1万円くらいはこれまでになかった出費が増えたとします。
お父さんの給料はこのご時世、いきなり1万円も上がりません。
1万円というと、住宅ローン35年返済では300万円位借入が増えたことに相当します。

中学生に上がる時に家の建て替えを検討中であれば、自分の為にも子供たちは携帯を少し我慢して欲しいと思います。
何故ならその利用料金がなければ、あと一部屋くらいは増やせるかもしれないので・・・。

余談はさて置き、私が初めて携帯を手にしたのは大学生の時だったと思います。
もう、15年くらい同じ会社の携帯を愛用していますが、割引は高止まり。
少し納得は出来ません。

当時は大学生とは言え、持っているのは少し生意気だった気がします。
勿論自力で購入しましたが、今のようにメール機能もないのでただただどこかにかけるのが珍しい、そんなところだったと記憶しています。

そんな携帯が早、小学生まで持つ時代になったとは。

ところでどういう局面で学校に行っている子供が携帯を必要とするのでしょうか。
考えてみましたが、塾通いが増えたから親に迎えに来てもらうとか、防犯上、親がどこにいるかチェックしたいとか、どんなに考えてもそれくらいしか思い当たりませんが、それくらいなら公衆電話と、友達の家の自宅電話でどうにかなりそうなものだと考えるのは古過ぎるのでしょうか。

私より8歳くらい年下のまだ若い感覚を持つ後輩に教わったところによると、ほぼメールだろうという事です。

そうでした、メールを忘れていました。
私なんかはメールが来てもすぐに電話で折り返したくなります。
出られない状況もあるので、メールにはメールで返事をするのが筋かもしれませんが、如何せん面倒臭いし、そもそもメールを打てる時間と場所があるのなら電話にも出られやしないかと思ってしまうのですが。

この話長くなりそうです。

私は親がそれでよければどうぞお持ちなさいな、というのが本音です。

無理な規制はかえって反発を呼ぶし、そもそも携帯のメールでのやり取りに日頃の楽しみや友達との交流、悩みの打ち明ける場所を見出しているとするのなら、確かに希薄に見えてしまうかもしれませんが、それはそれでそのような環境を作ってきた一番の影響者はやはり一緒に暮らしている親だといわざるを得ません。

家の中で食事中であろうとも、携帯が鳴ればそそくさと仕事を優先してしまう親父は少なくないはずです。
その背中を見ていれば、子供も携帯に違和感はなく、場を読むとか、そういう空気は読まなく育つでしょう。

私もご飯を食べている時に電話が鳴るのはほぼ仕事。
勝手に出て行って、勝手に散々話して、帰ってきて何事もなかったかのようにご飯を食べる。

でも2才の子供はそんな親父にストレートに疑問をぶつけます。
『何してるの?』
『ご飯食べないの?』
『僕も電話出る』

ここで息子の食事への集中力は止まります。
全て私が原因です。

やがて大きくなればそんな疑問もぶつける事無く、黙って何も言わず自分もご飯が終わったら携帯をピコピコやり出すのかと思うと、恐ろしくも思います。

便利だからいいじゃないか。

大人のほうがむしろよくこう言うのを耳にします。
私もその通りだと思います。

でも冷静に考えると便利って一体何が便利なんだろうか。
工夫すればそこまでしなくとも、と感じる事が少なくありません。

携帯があるからきちんと約束時間や場所を決めなかったり。
ナビがあるから道を覚えなかったり。
パソコンがあるから字を書かなくなったり。

世の中は矛盾だらけ。
だからやっぱり、そんなに急いで携帯、携帯と走らせなくてもいいと思うのですが、いかがなものでしょうか。

あと10年もしたら同じように悩むのか、それとももっと深い悩みが生まれているのか。

その時は今のようには人事に言っていられないんだろうなあ・・・。  

2009年06月29日 Posted by 裏建太郎 at 22:42Comments(4)TrackBack(1)社会問題

そろそろ選挙のようですが

東国原知事が再び勢いを盛り返しております。

今度の総選挙は本当に知事職を投げ打ってまで自民党推薦で立候補してしまうのでしょうか。

取り敢えず政治には真剣に関心を持つまでに至らない我々から下の世代にも注目を向けたという点では今回の一騒ぎはそれなりに双方効果があったと言えるかもしれません。

ある自民党議員はこの話題に関して、『あほらしい・・・』と一言発言したが為に、連日その部分のみテレビでは使われまくっています。

まあ、芸能人でも何でもなく国会議員を職業としてずっとやってきた叩き上げの人からすれば、騒がれている知事の一挙手一投足が鼻につくのかもしれませんが、やっぱりああいう言い方を公の前で発言されると、違和感を感じるというか、少し残念なような複雑な気持ちにもなります。

以前、Nツネが発した『たかが選手が・・・』発言も、腹が立つというよりかなり寂しい気持ちになりました。

結局のところ、権力の中枢に存在する人からすれば、本質的に上から人を見てしまうところもあるのは仕方のないことなのでしょうか。

私は東国原知事を支援しているわけでもなければ、支持政党もありません。

選挙に行った事があるのかと言われると、以前長野市に住んでいる時、市会議員選挙中の車にベランダから手を振ったらリアクションがあって喜んでくれたので、何だか悪い気がしてその人に投票に行ったくらいのレベルです。

こんなもんだから日本は良くならないと言われるのでしょうか。

でも今回の東国原氏の担ぎ出し然り、前回のホリエモンの担ぎ出し然り、同等に比較する事は違うと思いますが、それでも人気にあやかりたいという安易な発想をされる事自体、我々有権者の見識をその程度にしか見ていないのかなあと思わざるを得ません。

マニュフェストを知って、本気で投票に行かない限り、今の生活に愚痴っている場合でもないか・・・と最近思います。

特に今日は、固定資産税を払ったり、住民税を払ったり、お金が税金としてただただ出て行ってしまったから感じるのかもしれませんが。

とは言え、今回の総選挙は、前回のぶっちゃけたところ、『何で郵政民営化が焦点なんだろう?他にも色々ある気がするけど・・・』という素朴な疑問はありません。
前回は作戦勝ちでしょうか、上手くやられたボロが今頃チラホラ。

わかり易く『政権交代』なのかどうか、という事のようですが、果たして・・・。

選挙結果はともかく、毎回投票率だけは気にして見るようにしています。
投票率にもよりますが、毎回3割から4割くらいは普通にレジャーに向かう休日を過ごしているのではないでしょうか。

私も含めてその3割から4割が、いや下手をすると2人に1人が真剣に勉強して考えて投票に行ったらこの国はどうなるのか、それとも誰も投票する人がいないのか。

今は残念ながら一部の大人たちのお祭りくらいにしか見えていません。

私の周りにも色々な人がいるので、特に興味のない顔をしていると、露骨に票をお願いされたり、変なハガキに家族の名前も書いてとか頼まれたりします。

前の会社は市長選で市長さんの会社が株主だとか何とかで、女子社員が仕事中に担ぎ出されて一緒に街の中を徘徊させられていました。

これが選挙というものなのかと、若い私はショックを覚え、政治にはさらに感心が薄まったと記憶しています。

でも今はシンプルに考えて、やはり政策を見て、強制的にでも白紙も含めて投票所に行ってみる方がいいと思います。

特に今の生活に不満がなければ別かもしれませんが、大抵は不満はあるはずなので。

とにもかくにも、東国原知事の真意はよくわかりませんが、大人たちの人騒ぎとは思わずに、35を過ぎたのでそろそろ勉強が必要かと思い始めています。

とは言え、本当に投票に行くのか。

それだけ熱い論戦が本質的に繰り広げられればいいのですが。







  

2009年06月25日 Posted by 裏建太郎 at 22:46Comments(0)TrackBack(0)社会問題

ねんきん定期便が来た

先月の妻の分に続き、遂に私の『ねんきん定期便』が我が家に届きました。

転職時の国民年金1ヵ月を除いてはほぼ厚生年金保険料を負担してきた私にとって気になるのは、やはりこれまでの標準報酬月額です。

給料から勝手に社会保険料を引かれ、毎回こんなもんかとよくわからずに納得していた時代が長く続きました。

一体自分はいくらに設定された報酬に基づき保険料を負担してきたのか。

前職も基本的には歩合給が強く反映される給与体系だったので、入社して5年も経ってから新人時代より報酬月額が下がっていたり、かと思うと、貰った記憶がない凄まじい数字の賞与が記載されていたり。

そういえば入社5年目くらいは一番苦しかったなあ。

転職間際よりここ最近の報酬額の方が少ないんだけど、もしかして転職失敗って事?

様々な思いが過りましたが、冷静に考えてみたらここに記載されている納付額と全く同じ金額を、売れない時代から(最後までそんなに売れてないけど)、企業は労使折半という恐ろしい制度の下、国に支払ってくれていたかと思うと、本来はもっと感謝しなければならないなあと思います。

納付後10数年が経過し、私と会社が私の為に支払った保険料で高級車が買えるくらいにはなっていました。

問題はこれから。

取り敢えず、これまでの加入実績に応じた年金額が算出されていましたが、支給開始年齢、支払額ともにこれからどうなってしまうのやら。
ましてや、この先の給与どころか収入自体全く読めない今の私。

結局は自己防衛するしかありません。

妻に捨てられないと仮定して、夫婦合計の年金予測額では、数字だけで判断してしまうと、物価が下降しない限り生きていけそうにありません。

でももっと掘り下げて考えた場合、住宅ローン、教育ローンといったローンと名の付く大きな借入がなく、住むところと食べるものが確保できれば、あとは健康でさえあれば真面目に払った年金でまだどうにか生きていける目処は少しは付いたかもしれません。

そういう意味では今回のねんきん定期便はこれまでになかった取組で費用もかなりかかったかもしれませんが良かったと思います。

しかしながら、社会保険制度の完備された北欧諸国には、毎年自分の年金をチェックできる通知が来るそうです。
これは励みになると思います。

もしこれまで負担してきた毎月数万の負担を全て自己責任の名の下に、自分で運用して増やして老後に備えろと言われても、殆どうまくいかないでしょう。

だからといって国が当てになるかと言えばそれはそれで色々な意見があると思いますが、いずれにしても私の場合、現行の制度の下、もう10年以上に渡り数百万円を納付してしまっている訳ですから、これはやはり自分自身ももっと真剣に自分の将来を見据えて年金について考えていかなければなりません。

もうすぐ総選挙。
もちろん年金の問題も話題に上がるはず。
せっかくこのような定期便で年金が現実味を帯びて身近に感じられる今だからこそ、じっくりと政局にも向き合わなければならないと真剣に思います。  

2009年06月17日 Posted by 裏建太郎 at 22:42Comments(0)TrackBack(0)社会問題

不景気って一体・・・

果たして北朝鮮からミサイルは降ってくるのでしょうか。
世界的な不況の話に、政治の混乱ときて、ついには戦争めいた話。
せっかくWBCで日本代表の活躍があって盛り上がったと思いきや、やっぱり世の中はネガティブな話題の方が盛り上がるようです。

色々な人と会って話していても、たまに自分がのん気すぎるんじゃないかと思うことさえあります。
私の仕事、社名を名乗ると、本当にお気の毒とばかりに心配される方も増えました。
何だかこっちもその話にあわせないと悪いんじゃないかと気を遣ってしまうほどです。
彼らはきっと私の口から、こんなに大変なんだという言葉を聞いて、自分もそれよりは少しましかと思いたいのかもしれません。
確かに自分より大変な人、不幸な人がいるという事実を知る事で、ある種の安心感というか、充足感を覚える心理というのはあるかもしれません。

大変なのは確かに事実ですが、何を持ってして大変なのかよくわかりません。
極端な比較かもしれませんが、戦時中に疎開をしたり、防空壕に隠れたり、自分の父親が生きて帰ってくるかわからなかった私の祖父母の時代の話に比べたら、現代はこれ以上ないほどの幸せに満ちています。

少し恵まれすぎていたのかもしれません。

昨日、新入社員向けのインタビューをテレビでいくつか見ましたが、まだ若いというのに口を開けば、リストラだとか給料だとか、将来がどうとか、哀しくなるくらい希望のないコメントをする若者だけが編集されているかのようでした。

正直、愕然としてしまいました。

弁当男子なる言葉もあるようです。
男性の自炊はいいことだと思うし、節約にも健康にも弁当は日本人の素晴らしいアイデアだと思います。

でもやっぱり寂しさを覚えました。

若い頃、金がなくても使い切るまで先輩や上司に無理矢理ついていかされました。
本当になくなると助けてくれるのですが、当然貯蓄など出来ません。
まだリストラや給与カットの心配がなかった時代だったからそんな事も出来たのかと言えば、当時から歩合給で売れなければすぐに追い詰められる環境だったので、時代や景気というのは関係ない気もします。
ただ違うのは、これだけメディアが負を煽る事はありませんでした。
人間は流されやすいので、知らず知らずにマインドコントロールされている気がします。

やっぱり若いからこそ、子供や家族といった縛りも何もない自由をやっと得られたのだからこそ、バカなお金の使い道をして、失敗をして、景気に貢献して、お金の有難味を理解して、それからお金に向き合っても遅くはない気がするのですが。

この流れは誰にも止められないのでしょうか。
僕は止めようと思っています。
こんな時だからこそ、地元の割高な商店街で買い物をし、セルフではなく人の手でガソリンを入れてもらい、吊るしではなくオーダーでスーツを作って、飲みに行ったらボトルを入れて・・・・etc。

昔、私より自分で使えるお小遣いは少ないはずの既婚の先輩がよく面倒を見てくれました。
もうすぐ35歳の私には面倒を見る後輩や部下といった仲間はいない環境に身を置いてしまう事になりましたが、その分を地元に返して恩返ししなければならないと、こういう時だからこそ切に思います。

  

2009年04月03日 Posted by 裏建太郎 at 22:54Comments(2)TrackBack(0)社会問題

いよいよ住宅ローンの負担が重くなってきて

昔の先輩が住宅ローンの返済に窮している方々の相談に無料でのっているお仕事をされていると聞きました。
勿論、本業は別なので、それに関してはほぼボランティアみたいなものです。

家が欲しい、この土地がいい、このマンションに住みたい。
そう思った時、どう行動するかと言えば、自身が現時点で返済できる金額から逆算してマックスで借りられる範囲内で購入を決断するかと言えば、実際には、購入金額があってそこにどう近づけるかという検討になってしまいがちのような気がします。

いや、そんなことはない。
そんな無理をするはずがない。

誰もが今ではそう思うかもしれませんが、少し前に私がお客様と対峙していた頃は、例えば月々の返済額を8万円として、本当なら定年の頃に返済が終わって、金利も見直しの不安のない固定のものでと考えたいところなのに、物件価格に合わせるが為に、そんなに深く考えずに返済年数を5年延ばしたり、金利を3年固定のものにして、2,500万円の借入を2,800万円位に増やすようなケースが殆どでした。
300万円増えてもそれ位なら退職金で一括返済・・・とは甘い考えで、当然そこに金利がのれば1.5倍位の総返済額になり、保証料も増えます。

40代のお客さんに35年返済を組んでもらえばどうにか予算が合うから契約が出来るとなれば、繰上返済の話や退職金での完済、生命保険見直しによる月々返済額のアップ、自己資金の上積みなどあらゆる話が飛び交っていました。

普通は60歳を迎えて、年金も出ないとなると、まだあと10年も返済が残っているとしたら繰上をしてでも返済はやめたいでしょう。
でも、その時どれくらい元本が残っていて、退職金をいくら充てて、残りいくらの貯金があれば年金と合わせて老後生活を送れるかなんて、最初のスタート時は考えません。

繰上返済は元本が減って、そこについている利息も減るので返済当初に行うとかなりお得だとは言いますが、実際に子供の教育費負担が増したり、このご時世で手取りも減るとなるとそうそうたやすく繰上などと口に出来なくなりました。

あまり売れずにさまよっていた若い営業マン時代、どうして明らかに定年後も返済が続くと思われる返済年数で資金計画を立てて自社の商品を売らなければならないのか素朴な疑問を感じ、上司だか先輩だか忘れましたが、率直に聞いた覚えがあります。

その時返ってきた言葉には度肝を抜かれました。

『じゃあ、どうやって売ってくるのか言ってみろ。そんな事言い出したら何も売れない。俺もそうやってローンを組んでいる。』

このままのセリフではなかったかもしれませんが、こんな感じで記憶しています。
そしてその後も私の周りの若手はそんな事を言われていました。

冒頭の住宅ローン相談を行っている先輩は言います。
プレハブメーカーで割と築の浅い物件で、結構いいグレードの家に住んでいるような人が沢山相談にくる。
みんな誰にも相談できずに泣きついてくる。
1度建ててしまえば、金融機関も建築業者もその後のお金のことには一切触れないそうです。
それはそうかもしれません。
建築業者は料金を頂いているし、金融機関も利息収入が入って、元本も減っていれば。
でも実際のお客様は必死なようです。

これだけ返していて、これしか減っていないとは夢にも思わなかった。
3年後にこんなに金利が上がるとは思ってもみなかった。
繰上返済を出来るほど貯蓄が出来たらそもそも最初からもっと資金計画が楽だったはず。

全て自己責任といえば自己責任かもしれませんが、アメリカのサブプライム層ほどの無茶なローンだった訳でも、消費者金融で借りていた訳でもない、ごく普通の真面目なお客様から帰ってくる言葉です。

それだけ最初の段階で、長い目でのお金の問題に向き合わせていなかった売り手側の責任も無視出来ません。
住宅ローンアドバイザーという資格らしきものを持つ営業マンも増えましたが、仕組みは紹介しても、深く突っ込みすぎると売れなくなるという話も耳にします。

実際、私なんかに下手に保険の見直しと称して話をさせると、かえって将来の長生きリスク等の話から不安を覚え、総額が低く抑えられ、見直しで保険料が削減できたのはいいけど、その分を住宅ローンに持ってこれないから紹介はしない、という話もリアルに直接、多方面から聞かされました。

沢山売れて、企業が儲かり、社員が潤い、法人税をいっぱい払ってもらって廻り回って我々の生活に還元される事はいい事かもしれません。

ただ、実際には皆さん必死にローンを工面しているという話も聞きます。

そんなことに気付きだした営業時代の晩年は、全額自己資金とか給与の安定したお客様、二世帯住宅でそれぞれの資金が当てに出来るなどのお客様が殆どでした。
勿論、意図的にそうしていたので、『お前は楽なお客さんばかり追いかけている、そういう人は後輩に譲って、もっと資金計画の難しいお客さんとかを追え』とも言われました。

でもそもそも、『資金計画が難しいって』言われても、そういうケースは選択肢はプレハブだけではない訳で、もっと言えば購入時期など根本的に時間を掛けてやるべきだと思ったものでしたが、大きい組織のプレッシャーは凄いものでした、としか言えません。

ついつい愚痴のような内容で長くなってしまいました。
自身が経験してきた事への自戒の念も込めてご紹介した話ですが、まだまだこれから金利アップを迎える方々の、人には相談し辛いリアルな問題が増えてくると不動産屋、金融機関、建築業者側などの多方面から聞かされます。

そして中にはその時が優良物件の買い時だ、なんてまるでバブル崩壊後のハゲタカファンドのような事を言う人も少なくありません。

私の周りではそのような事に気付き始めて、何とか相談窓口等の仕組みを作れないものかと模索し動き始めている人も増えました。
私自身も、これからはどうやったら自分の家を守れるか、自分の生活を守れるか、家族を守れるかといったお手伝いをしていこうと、昔まるで逆の事を言っていながら今ボランティアをしている先輩に教えられました。



  

2009年03月19日 Posted by 裏建太郎 at 23:23Comments(0)TrackBack(0)社会問題

巨額詐欺事件について

円天は騒がれる前から知っていました。
かなり前にそんなものあるのかという認識をニュースか何かで持ったと思います。
顔は隠されていますが、被害に遭われたオバ様方のわかり易いほどの共通点。
確かに、逮捕された会長は根っからの凄腕の詐欺師。
少しでもお金に欲のある、あの世代の方はイチコロかもしれません。
しかしながら本当はその取り巻きに、あの詐欺師を担いだ、影のプロ中のプロとも呼べる詐欺師がいるはず。
普通に考えたら70過ぎのおじさんが、携帯を使ったバーチャルな手口を巧みに操れるとは思えません。
世の報道は、逮捕まで追いかけまくっていましたが、悪いのは勿論だけど、子供の頃に見て今も衝撃的なトラウマとなっている豊田商事事件のような結末にでもなったらどうするのでしょう。

いくら買い物をしてもお金が減らない。
正に買い物好きの女性の心理を巧みに突いた詐欺と言えましょうが、冷静に考える事はもはや無理だったのでしょうか。
そもそも人として、働いてお金を稼いで、必要なものを手に入れるときにはそれ相応の対価を払う事は当然の事であり、もし円天なるものがまかり通るのなら、この世の中に経済活動そのものが存在しなくなり、運用だけという事になってしまうのか。
いや、被害者達はそもそもどんな運用でどうなっているかなんて全く気にしなければ、とにかく口車に乗ってしまったと言う方が正しいかもしれません。

今日全然関係ありませんが、車のバンパーを擦ってしまいました。
これは突いてなかったのではなく、たまたまそこにあった縁石が通常より不親切なくらい低かったとは言え、全て自己責任です。
修理にいくら掛かるとしても。

以前、保証人で痛い目に遭いました。
言葉巧みに騙されたという言い方もありますが、結局騙されたという自分のダサさが恥ずかしくて、声を大にしてそんなことは言えません。
これも全て自己責任です。

被害に遭われた方は、恐らく私のような一般人とはレベルの違うお金をつぎ込んだのだから、被害意識のレベルも比較にはなりませんが、それでも、どう考えてもバカバカしいシステムにもならない擬似マネーを信じ込んでしまった自身の愚かさみたいな言葉があまり報道では聞こえてこないし、そこを突っ込むのは詐欺師を幇助するようでタブーなのか、辛口のコメンテーターからも殆ど聞こえてきません。

私はああいうおじさんが許せません。
でも残念ながら、こういった罪では無期懲役とか死刑は今のところありえません。
またちょっとしたら出てきて、本人にその気がなくとも、そういう組合の方が集まって形を変えてどこかで自然発生し、そして同じように被害に遭う方も出るのです。
その頃はマスコミも次の話題で、すっかり詐欺ネタも風化の一途。
今回の様な巨額詐欺事件でもなければ、継続的に追うジャーナリズムもないと思います。
要は視聴者が食いつきやすい旬のネタかどうか。

だから、彼に反省を促す事は直接出来ないのだから、我々の倫理観を磨くしかないという結論に至ります。
お金はそんなに都合のいいものではありません。
額に汗してというのも少し古臭い言い回しで使いたくありませんが、結局はそこに行き着くのだと思います。
一生懸命働いて稼いだ金は、誰かに導かれるのではなく、自身の判断で遣うもののような気がします。

それにしてももっと早く立件出来なかったのだろうか。
バカバカしいほどに腹の立つ、そしていつまで経ってもかわらない個々のご都合主義を考えさせられる事件でありました。

  

2009年02月06日 Posted by 裏建太郎 at 23:08Comments(0)TrackBack(0)社会問題

振り込め詐欺を撲滅しよう

先日の日経新聞に振り込め詐欺の被害額が過去最大に上ったとありました。
この不景気な世の中を尻目に、不謹慎な言い方ですが、これだけの数字をあげるというのは本気でどうにかしなければならないのではないでしょうか。
最近は電話だけでなく、直接家にも来たりするらしいので恐ろしいばかりです。
カードだったら保険があるけど、振り込め詐欺にはないのだからどうしようもありません。
もう亡くなってしまいましたが、私の祖母はよくわからないセールスが来ると完全に聞こえているはずなのに聞こえないフリをしたり、ボケたフリをしていたので引っかかる事はありませんでした。
先日、実家で親父がそれらしき電話を取っていましたが、黙って電話を切っていました。
これといった対処法はないのでしょうか。
年寄りがコツコツ貯めたお金を、彼らも相当な訓練を重ね、相当練りに練ったプランを考えて、かなりの長時間に渡り攻撃を仕掛けているとは言え、そんな事にパワーを使ってお金を得てしまうなんて、毎回被害のニュースを聞く度に腹が立ちます。

銀行の窓口では怪しんでも完全に騙されて断るお年寄りも多いのだそうです。
そもそも振込先のそういう口座自体をなくす事は出来ないかというと、恐らく多重債務者が売ったりとかしているからそれはキリがないので無理でしょう。
最近は個人的に振込みをしようと思ってもわざわざ窓口に行かないといけないとばっちりまで食ってしまって大変です。

営業としては電話帳も住宅地図も便利ですが、この際廃止するしかないと思いますが、それでもこれだけ世間に出回ればもう遅いでしょう。
電話に関しては、両親のみの暮らしだったら、もう固定電話はやめて、携帯のみ、登録番号以外は着信拒否にするしかないと思います。
直接家に来るケースの場合は、もう玄関を開けないしかありません。
あとは、地域で見知らぬ人でもなんでも挨拶をし合うこと。
地域の自治しかないと思います。
残念ながらどっかでやってた変てこなサンバ踊っても効果は目に見えている気がします。
つかまっても出たら又似たような事を考えるのは目に見えています。
それなら罰則も強化するしかないけどそれには前例等難しい問題があり、限界があるでしょう。

私の近所も年寄りだらけです。
営業の立場から言うと、電話に出てくれなくて玄関も開けてくれないなんて恐ろしい世の中ですが、もうこうなるとそれも仕方ないかもしれません。
それでも私は近所の人とは声を掛け合い、ちょっとでもおかしなことがあったらまず相談される、頼られる田舎の兄ちゃんでありたいと思います。

今後とも撲滅の究極の方法を模索し続けます。  

2009年01月22日 Posted by 裏建太郎 at 19:00Comments(0)TrackBack(0)社会問題

今だからこそ田舎から

年明けから色々なところで色々な噂を耳にします。
テレビでは不景気な話題一色。
派遣社員のニュースは聞かない日がありません。
派遣社員の経験はないのでイマイチピンときていませんでしたが、確かにお客さんの勤めている工場などでも徐々にそんな話を耳にするようになると、現実問題として考えさせられる毎日です。

物を作る会社に勤めるという事は、こういう事態になると凄く怖い気がしました。
少し前まで、私が住宅営業をしている頃は、単価の高いメーカー住宅に惜しげもなくお金をはたいてくれるお客様は大概、大きな会社で残業も厭わずに働いている方か、公務員さんのどちらかでした。
ご夫婦で同じ工場に勤めている方など、忙しいだけに、お金の使い道は必然的に住宅購入時に一気に爆発するのです。
建物の仕様は勿論、打合せにみえる際に乗ってくる車も大型車に完璧なオーディオ、ホイールなどなど。
子供も含め一家は皆小奇麗で、完成後もエクステリア、インテリア、家電などなどそれは立派に揃えていたものです。

すぐにはこの傾向は変わらないとしても、徐々に派遣社員から正社員にもそのうねりが押し寄せようとしているのか。
私には皆目予測がつきませんが、でも何だかこれまで前向きだった人たちまでが、『100年に1度の歴史的何とか・・・』なんて言い出し始めているのを、身近に毎日目にする度に一体どうなってしまうのだろうという漠然とした不安が、血管の中にまで刷り込まれていきそうで怖い気がします。

株や投資信託、不動産投資などで失敗をしたという、プロではない一般の方にもよく会います。
決まってまずは保険を減額するというご相談になるのですが、よくこれまで何も考えずにこんなに払っていたなあと思わせられます。

去年の今頃、ニュース番組が毎日こんなネガティブ報道一色になっていようとは全く予想出来ませんでした。
私は偶然その頃、漠然とした不安を抱えていたので、田舎に帰り、仕事のスタイルを見直し、生活レベルを落とす選択をしましたが、今となっては結果的によかったかもしれません。
もっと言えば家も建てずにしばらく親のすねをかじっていた方が更に良かったのかもしれませんが、そんな事をしていたら、一生売れない営業に成り下がっていた事かもしれませんので、まあ借金を背負うには恐ろしいタイミングだったかもしれませんが、これも良かったのかもしれません。

派遣社員の報道を見ていていつも思うのは、彼らの田舎はどこなんだろうという事です。
自立もしなければならないし、親のすねかじりもダサいかもしれないし、各家庭に色々な事情はあるかもしれません。
でももし家族がいて、ローンなんかもあるのだとしたら、この際体裁は捨てて、何もない田舎であろうがなんだろうが1回戻ってみるのもどうだろうかと思う。
本当に何にもない状況に追い込まれるのだとしたら、公園に集まって同じもの同士団結して抗議するのもいいけど、僕ならヒッチハイクしてでも田舎に帰って、死んでる田畑を借りて、まずは食べる事を考える。
どこかで、便利でお洒落な環境に慣れ、まずはそこで働く事で頭の中が凝り固まっているのだとしたら、どうせ仕事なんかないだろとは言わずに田舎へどうぞ・・・と思います。
確かに米と野菜だけじゃ生きていけないけど、何もないよりはいいだろう、水もうまいし。
周りは年寄りばっかりだから衣服もヘアースタイルも、車も何も気にする事もないし。
世捨て人になれと言っている訳じゃないけど、電気と水道くらいは通っているので、どうにかなるんじゃないかと思う。
面倒臭い付き合いや、訳のわからない昔ながらの風習も根強く残り、そういう部分ではしんどい事この上ありませんが、どうせ人間なんて慣れてしまうのです。

私はそんな環境で生きる人たちに、更に少ないお金の使い道を無駄にする事のないように説いて廻る伝道師になりたいと思っています。
結構、見栄もプライドも捨てました。
とても気が楽です。
そんな田舎で何やってんのとも結構言われました。
でもこういう世間の風潮だからこそ、僕はこの地から声高らかに元気とパワーを振りまいていこうと思います。
  

2009年01月07日 Posted by 裏建太郎 at 23:09Comments(0)TrackBack(0)社会問題

若者よ、今こそ車とバイクへ

最近、若者の車離れが進んでいるようです。
私の学生時代は、死ぬほどバイトして、彼女やサークル活動の為に車を購入する奴がまるでステイタスかのような時代でした。
もう15年も昔の話ですが、バブルが崩壊していたとは言え、まだいい時代でした。
地元に帰ると、高校を卒業してすぐに就職した奴が、親に買って貰ったと思われる当時はやりの四輪駆動車を乗り回していたのを指を咥えて羨ましく眺めていたものです。
それだけ車にはどんな奴でも執着があったように思います。

田舎の大学に通っていたので、何かしら自転車以外の乗り物がないと遊びに行く手段がありませんでした。
私は大学に入ると同時に、親父が脱サラして車は軽トラで十分になったので、ボロボロの日産サニーを貰って乗っていました。
ボロサニーと言ってはぶつけまくって運転を覚えましたが、いつか大人になったら自分の乗りたい車に乗ってやると淡い夢を見ながら、何故か友達は、他のいい車よりも私の車を好んで乗ってくれては色々なところへ出掛けたのも、今となってはいい思い出です。
当時、ガソリン安のピークで、1㍑80円位の時もありました。
ヤマハのSRという今も乗っているバイクを当時乗り回していましたが、満タンにしても1,000円程で、実家を往復できました。

話が回り道しましたが、昨今のガソリン高騰は一段落しましたが、世界的な金融危機に伴う不景気の影響なのか、何においても維持費のかかる車はこの際持たないという人が増えているというのは、合理的といえば合理的であり、堅実と言えば堅実な考えだとは思いますが、寂しい世の中になってしまいました。

若者は、そういうものを追いかけて、朝昼晩働いて、ボロボロになるまで乗って、思い出を作って、様々な失敗もしてみればいいのにと思います。

冷静に考えると、けして車好きと言う方でもありませんが、社会に出て10数年、車には相当お金を使ってきたと思います。
購入費だけでも片手では足りないし、タイヤ、ホイール、ナビ、車検、税金、保険、ガソリン代、高速代と考えると、結局、1日3,000円位は使ってきた計算になる訳で、もし私が営業でなければ、車なんか持たずに毎日バスとタクシーを使っていた方がよほど経済的だと思います。

それでもそこに気付くのは私くらいの年齢になってようやく考えるべき事であって、そういう経験があって初めて節約だとか、お金の遣い方を学ぶのです。
若い時は、どうせ親のすねかじっているのは紛れもない事実なのだから、余暇に遣うお金は何も考えずに無茶をして、我が国の経済活動に活力を与えて貰いたいというのは、私の勝手な意見でしょうか。

親からすればそんなのふざけるなと思うかもしれませんが、私は息子が保守的な事を言い出したらその方がふざけるなと言ってしまうでしょう。

私は学生の時、親父に車じゃなくてバイクに乗れと言われました。
周りの友達は殆どが親に反対されて、黙って免許とってバイクを買っている奴が殆どなのに、私は19才の時に親父と松本のレットバロンに買いに行きました。

親には言えないけど、人を引きかけて転んで何メートルかすっ飛んだりした事もあるし、あまりにマフラー音が激しかった為に、繁華街での信号待ちで、ある特定団体と思われる高級車の窓が開いて、木刀で殴られて逃げた事もあるし、白バイに追われた事もあるし、アパートの住民から苦情が来て引っ越したりもしました。
失敗は挙げればキリがありませんが、そういう経験を経て、様々な社会勉強をして、常識も学び、又、非常識な若者の気持ちもわかるようになりました。
親父はそういう事を計算していたのかどうか、聞いた事もないのでわかりませんが、私が親になってみて、もし息子がそう言い出したら、少なくとも自分と同じ、それ以上の経験はさせてやろうと思います。

でもどうでしょうか。
不景気だか何だか知りませんが、世の中が閉塞的になると、若者の冒険心までそいでしまって、無難に保守的になってしまうとしたら、これからぶち当たるであろう多くの壁、矛盾に相対した時、経験のない人間がどう立ち向かうというのでしょう。

ブランド物、洋服、ゲーム、パソコン、DVD等々、車やバイクのようにお金のかかる事に走らなくてもいくらでも面白い事はあるかもしれません。
でもやっぱり、男なら車やバイクに走って、お金使って、失敗したあ~、なんて経験をして欲しいのだけれど。

少し寂しい話を聞いて、つい自分自身の偏った経験に基づいた話をしてしまいました。
大事なお子様をお持ちの親御様、申し訳ありません。  

2008年12月11日 Posted by 裏建太郎 at 22:27Comments(2)TrackBack(0)社会問題

社会的常識って・・・

そんなつもりはなかったんだろうけど・・・。
口は災いの元とはよく言ったもの。
就任後、まだいくらも時間が経っていないと言うのに、失言癖には事欠かない我が国の首相です。

『医師は社会的常識が欠落している』とか・・・。
恐らく彼ほどのアッパー層の人間ならば、本人も言っている通り、知り合いの医師も多いはず。
よほど、一癖も二癖もあるお医者さんばかり周りにいるのでしょう。

ニュースでは医師の人格を否定するだとか何とか大騒ぎですが、こんな事言うのもなんですが、みんな心のどこかで何となく言わんとしている事や、その本質に気付いてやしないでしょうか。

ただ、彼(首相)ともなると、誰にもこれまで指摘される事がなかったから、気付かずあんな下手な表現をしてしまうのではないでしょうか。

僕は全くの普通高校出身の、平均以下の脳ミソしかないので、お医者さんの同級生も友達も知り合いもいませんが、お医者さんに限らず、広い意味で頭の際立って良い方というのは、ある一方向の能力に偏ってしまっているが為に、社会的常識かどうかはともかく、変わった人が多いのは事実ではないでしょうか。

いや、もっと言うと、私のような凡人からして見て変わった人と思うだけで、彼らからしたら普通なのだろうし、結局どちらか一方の人間の集まりの常識で世の中、物事の尺度を決めてしまってはいけないような気がします。

ある意味、社会的成功者、簡単に言うと、人より余計に稼いでいたり、普通のサラリーマンやっていないような人というのは、紙一重という人ばかりでした。

以前の営業職時代は、家が欲しいご家族、しかも奇を衒ったような家ではなく、モデルルームに足を運んで、マイホーム取得を夢見る幸せな、ごくごく平凡なご家族しか見てきませんでしたし、私自身も組織の歯車でしかなかったので、ごくごく普通のサラリーマンでした。
このような環境に身を置いていた私が、何を間違ってしまったのか、危険な世界に足を踏み入れてしまったばかりに、ちょいと変わった、変人、これまでの自分が常識と思っていた事を全く常識としない人達ばかりに会う様になって、自分自身の常識も180度変わってしまいました。

経費はいくらでも使えるもの。
給料は決まった日に決まっただけ入ってくるもの。
仕事は決まった時間に終わって、決まった日に休めるもの。

そういうものは全然関係なくなりました。

少し話がそれましたが、社会的常識とは何を持ってして社会的常識なのか、私にはよくわかりませんが、もし私が同じ事を言われたとしたら、目くじら立てて怒るよりもむしろ、『ああ、やっと自分もそういう目で見られるようになれたんだ』と、感慨にふける事と思います。
私にとってはある意味褒め言葉の感覚です。

だから、ストレートに常識がないなんてそんなはずはないんだから、子供染みた揚げ足取りは辞めて、もう少し生産性のある前向きな話を報道で扱ってもらいたいものです。

結局、こういう報道を見ていると、所詮は視聴率なんだなと思うばかりです。

麻生首相がどれほどのものなのか、まだよくわかりませんが、早く具体的な話になっていかないものか・・・。
政治にはとかく無関心だった私ですが、流石に最近はそんな事を思うようになりました。  

2008年11月20日 Posted by 裏建太郎 at 23:01Comments(6)TrackBack(0)社会問題

住宅ローンちょっと怖い話

夕方6時半からのTBS系、報道特集NEXTで住宅ローンを返せない人の特集をやっていました。

多くはあの有名なゆとりローンの利用者です。
そうです。
この世界的金融恐慌と言われる今まさに、一気に金利が上がって、月々の負担が2万円も3万円も増えるのです。
勿論、ローンを組む10年ほど前には、きちんとそのリスクも聞いていたはず。
でも、バブルが弾けた後とは言え、さすがに10年も経てば、いくらかは給料も上がり、可処分所得も増えているはず、何より、今しか借りられない、最初は負担も少ないからその間に貯蓄もして、金利上昇時に備える事も出来るはず、とにかく今建ててしまえ。
と、恐らくそんな感じではなかったのではないでしょうか。

10年前というと、私も前職の住宅メーカーに入社して間もない頃でした。
ローンの知識なんて全くありませんでしたが、そこは大手のいいところ。
ちゃんと、資金担当者がいて、全部やってくれました。
基本的にその頃はもう、ゆとりローンを使うという人は稀なケースで、尚且つ、金額の高いプレハブ住宅で建てるような人は、比較的資金計画にも余裕があり、無理をせず建築されていた方が殆どだったかと思います。

しかしながら、当時の主流は住宅金融公庫です。
当初10年間が2%台で、11年目以降4%台。
勿論、資金計画の打合せの際、11年目以降の月々返済額も記載して、きちんとご理解頂いていたつもりです。
しかしながら、まさか、10年の時を経て、現在のような世の中になっているとは誰が予測できた事でしょう。

インフレは予測できます。
でも、今の世の中は、インフレに伴って、給料も上がる、つまり借金の実質的な負担が下がるようなインフレではありません。
物価は上がるけど、給料は上がらない。
これぞ最悪、スタグフレーションってやつですね。

私のお客様の中にも、もうすぐ月々の負担が1万円、ボーナス時1万円上がる方がいます。
少し前にご相談に伺いましたが、幸いにして、当時高校生だったお子さんが結婚して同居しており、二世帯で住宅ローン等の負担をする事になった為、大きな問題にはなりませんでした。

しかしながら、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったお勤め先もすっかり落ち着いて、自分自身も年をとりパワーがなくなったので、前線の部署から離れ、もしお子さんが同居していてくれなかったとしたらどうなっていた事かと本音を語ってくれました。

残念ながら、住宅メーカーも金融機関も入居後、ローン開始後は、基本的に全くフォローしません。
メーカーはローンさえ組めれば、代金は銀行経由で全額貰えるので、言い方は悪いですが、その後お客さんがどうなろうが、知らないはずです。
実際に、折込チラシに自分のお客様のお宅が中古住宅で出ていたのを見て驚いていたなんて笑えない話を、これまでに先輩後輩問わず耳にしたのは、一度や二度ではありません。

正直、そういう現実に嫌気もさして、業界を離れました。
これまでも、住宅ローンの見直し等の相談で何件かお邪魔しましたが、驚くほど皆さん興味を持って積極的に話を聞いてくれました。

今日の番組内でもやっていましたが、変なところから借りてまで返したり、自己破産なんかしなくても、合法スレスレとは言いませんが、余計な借金を帳消しにして、そのまま住み続ける方法だってあります。
残念ながら、アメリカのように、我が国は、家さえ手放せば借金がなくなるというシステムではありません。

マンションのように、購入後すぐに購入価格が激減しても、借金は返し続けねばなりません。
実際に返済に窮しているという方がインタビューにも答えているのを見ましたが、確かに、これじゃ自業自得だわと思わせるほど、大きな借金を背負う事に甘すぎるのではないかという、緩さが感じられましたが、でも、そういう人が殆どではないでしょうか。

そして、業者も金融機関もそういう現実までは考えていない。
あまりにも、というケースがもし数年後に発生したら、業者が買い上げるとか、金融機関も返済期間の延長を認めるとかどうにかシステムを作らないと、これから大変な事になるような気がします。
私はメーカーにいたのでまだマシです。
でも個人の工務店で建てた方などは、直接金融機関で返済計画の相談をしているはずです。
恐らく金融機関の担当者は転勤等でもういないでしょう。
その金融機関にとって一番いい方法で借りているのが関の山。

さあ、問題の住宅金融公庫11年目以降4%の時代がいよいよやってきます。
借り換えも流行ですが、3年や5年の固定金利で民間で借り替えているとしたら又同じ問題がちょっとしてやってきます。

そもそも10年も返してきたのにこれしか減ってないの?という方も多すぎます。
元利金等返済とはそういうもの。
私自身は元金均等も選択肢に入れています。
借りたお金の1.5倍も返さなければならないのに、大してその後の優遇はないなんておもしろくないですよ。

究極の理想は借りるのではなくキャッシュで。
リスクを負った運用ではなく、貯蓄。
そして自給自足。

昔、意外な人からそんな話を聞きました。
今は保険業界にいますが、正直、いらないのであれば、掛捨てなんて1円もしたくないから保険も要らないのかもしれません。

いずれにしてもいよいよお金に目を向けなければいけなくなってきたのでありましょうか。
私自身、ちょっと本気で勉強し直さなければなりません。  

2008年10月11日 Posted by 裏建太郎 at 21:52Comments(0)TrackBack(0)社会問題